つつがなくそつがなく

ふらっと訪れクスっとしてもらう事を目指すブログ

何も分からない素人が般若心経を勉強し始めた話

 


※宗教関係のブログでは有りません。また解説では有りません。薄く勉強した結果の薄い感想日記です。
※これを書く過程で「そもそも仏教とは」的な知識が必要だったので学びましたがめちゃくちゃ長くなりそうなのでそこには触れません。
※薄い勉強なので間違っている箇所が有るかもしれません、信じないでください。
※解説はネットでも本でも世に溢れていますので私以外のところを参考にしてください。

 


あくまで雑談のネタとか、誰かの法事やお葬式に行った時に「そう言えば般若心経ってこうらしいな」と思い返すきっかけになれれば嬉しいです。
また、般若心経はビートルズジョン・レノンapple創業者のスティーブ・ジョブズなど著名な人にも哲学・考え方として多く取り入れられているので面白かったです。

 

本題


縁起でもない話だが最近葬式や法事に参加する機会が増えた。
40にもなるとそういうもんかという認識で特に驚く事はない(悲しいけど)。


お坊さんが来てお経や念仏を読むのだが何を言っているのか分からない。
正直この時間は悲しみに暮れているとは言えニュアンス的には「我慢」とか「耐え忍ぶ」に近かった。


なんせ意味を知らないからだ。興味を持った事もない。
念仏とお経の違いも分からないし、
とにかく死んだら善人は極楽で悪人は地獄、みんな墓に入るという事くらいしか認識していない。
墓参りはしているが、何かありがたい事とか死者を弔う事を言ってるんだろうくらいの感覚だ。

 

意味を知っていればあの時間を苦とも感じ無さそうだし、本来の主旨である故人への想いも強くなりそうだと思った。


今は便利なものでどんなものか聴きたければYoutubeにたくさんアップされている。
本物のお坊さんが録音しているし、DJと組んでポップに聴ける物まである。
(色んな意見が有るだろうが筆者はお坊さんが色んな取り組みする事は良い事だと思っている。ネットを使って悪い事など何も無いし坊さんがバンドを組んだって別に良い。)


ただやはり好みは有る。
それぞれ息継ぎする所やリズム、声色、音色が違う。
筆者が1番好きなのはこちらだ。

 

youtu.be

 

 


話は変わって昨年の葬式でのお話


筆者の義父が眠るお寺(曹洞宗)ではミニ経本を手渡してくれるので少なくとも、
「今何と言うタイトルのお経だか念仏を唱えているか」くらいは分かった。
ただ見た事ない漢字も多いので意味は分からなった…。

(ちなみ筆者の実家は浄土宗だった。そんな事も知らなかった。)

 


その中に般若心経が有った。
とりあえず全文を記載してみる。

 

【仏説魔訶波羅密多般若心経】
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無限耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪日羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経

 

カウントしてみると262文字。
お経の平均を知らないが短そうだ。
よし、とりあえずこれの意味を調べてみよう。

 


暗唱出来たらそれはそれで格好良さそうだ。
(当時の感想です、ちなみにお経は暗唱する必要無く一言一句丁寧に本を読む形が正しい。なのでお坊さんも本を使っています。生前義父はあの坊さん暗記もしてないのかと陰口言ってたけど…。)


昔、孔雀王という漫画が有って主人公がお経だか念仏だかを唱えて悪霊退散するのに憧れが有った。
陰陽師という漫画でも安倍晴明真言を唱えて悪霊退散していて格好良かった。
40歳になっても呪文というものは何か格好良さを感じさせる。

 

お勉強の開始

 

義父が亡くなって興味を持ちだしたのが去年の4月なので1年前になる。

勉強熱が冷めては再燃してを繰り返し今に至る。(まさか1年もかかるとは…)

 

元々はお釈迦様がお弟子さん(文中に出てくる舎利子さん等)に向かって話していた教えを書物にまとめたのがお経らしい。
だから元々は梵語だ。
梵語は古代インドで使われていたサンスクリット語サンスクリット語は字を横書きで書く。むしろ縦書きの方が世界的には珍しい。

それを西遊記三蔵法師のモデルになった玄奘さんが7世紀くらいに中国へ持ってきた。
発音のまま伝えたいものは当て字(音写)にし、翻訳した方が良い物は翻訳した。
(因みに日本へは小野妹子が持って帰ってきたと言う説が有るが今なおハッキリ分かっていないらしい。)

 

そういう過程で縦書きになってるが元々は横書きな物だしPCで縦書きにするのは面倒なので横書きにする。

 

ちなみに中国語版をYoutubeに上げているお坊さんが居たので聴いたみたところ、

やはり日本の発音と全然違う。

サンスクリット語から中国後へ記す際に漢字にし、それをそのまま読むと音が変わったのだろう。

当時Youtubeはおろかレコードすらないのでその漢字を見た日本人が日本の漢字読みした事でまた変わったのだと思われる。

(終盤に有る羯諦羯諦波羅羯諦は日本語だとぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてーだが中国語だとじぇでぃじぇでぃぶーるぉじぇでぃと聞こえる。昔のテクノロジーだと音写で伝えるのは限界が有るように思えた。)

 

youtu.be

 

 

これを読みやすくスペースを開ける。

【仏説魔訶波羅密多般若心経】
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色無受想行識 無限耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界乃至 無意識界 無無明亦 無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵依 般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏依 般若波羅蜜多故 得阿耨多羅 三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪日 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯 諦菩提薩婆訶 般若心経

 

 


とにかくという文字がたくさん出てくる。

ほかに色即是空とか一切苦厄とかは聞いた事が有る。


だが結果から言うと非常に難解で難しい。
何せ上で書いたように音写(翻訳せず音を漢字にしたもの)と翻訳が混じってるからだ。

 

 

 

楽天市場】【民芸品お面】般若(参/極)お面 はんにゃお面 ※個包装なし : おめんのダイシン 楽天市場店


タイトルにも有る、般若という文字を見るとあの怖いお面を思い浮かべる。

が、ここでの般若はパンニャーという発音を音写した物なのであの怖いお面は関係ない。(たぶん)
詳しくは端折るがとにかく般若波羅蜜多(ハンニャハラミッタ)という特別な智慧を授けるという事について書かれている。


冒頭にも書いた通り解説はしない(というか出来ない)ので逐次これはこういう意味だという事は書かないが、
とにかくざっと薄い知識で語らせてもらえば

「目に見えている物、触れられる物、その他も含めて有ると思っている物は全て実は実体が無い。とにかく無いんだ。だからそういう実体の無い物に縛られるな。そういった物から離れれば迷いは生じなくなり真実の智慧に目覚める。」
という事だった。

無という漢字を連発するところは「あれも無い、これも無い」と言っている。

 


そんな「目の前に有るし触れるし匂うし味もするもの」を無いって言われても・・・と思ったが、
目に見えてるものでさえ人によって見方が違う、考え方も違う、

目の前にリンゴが有ったとしてリンゴと呼ぶ人も居るしappleと呼ぶ人も居る、リンゴを知らない人には何か分からないし、リンゴは赤いけど人によっては違う色だというし、食べた事がある人にとっては食べ物だけど国や宗教によっては食べ物と思っていないかもしれないし…

つまりリンゴは赤い、甘い、酸っぱい、食べ物であると思う人も居ればそうでない人も居る、結局リンゴを定義しろと言われてする内容は個人の想い、感覚、が入っている。これすなわち人によるので実体が無い。
リンゴ以外にも手で触れられない空気、人の心、五感やそれ以外で有ると思っている物も実体としては無いんだ。
あれというのはこうでなくてはいけないというのは思い込みだ、というような事がつらつらと書いてある。

 

また、存在が無いのではなく実体が無いとしていて、それは目に見える物も見えない物も本質的には同じだと言っている。

 

 

だからどうしたと言われればそれまでだが、ここからの解釈は人それぞれになる。
刺さらない人には全く刺さらないだろう。

 

そもそもお経とは「さぁ俺様を納得させてみろ」とか「知って何か得する事あんのか」と言う心境で読むものではなく、苦しみからの救済を目的にしている。

この世に悩み苦しんで無いなら別に一生読まなくても良いかもしれない。

 

解釈

多くの解説には「実体の無い物にしがみつき、執着し、奪い合いする意味ある?だから苦しいんだよこの世は。悟り開こうぜ。目覚めようぜ。」みたいな形で締めくくられている事が多い。

筆者的には「言わんとする事は分かるけど難しいよお釈迦様…」と感じた。
無理だと決めつける必要はないがおそらく筆者がこの境地に達せられるとしたら死ぬ直前の1分くらいだろう。

 

聞いた事が有った色即是空も「目に見えている物(色)はすべては是れ即ち目に見えない物(空)と同じだ。」という意味であり、
一切皆苦は「この世は全て自分の思い通りには一切ならないから苦しい」という意味だった。
(補足すると思い通りになるという希望を捨てなさい、それが苦しみの根源であるという意味が込められている。)

 

参考


勉強するにあたりNHK100分で名著の解説員だった佐々木閑教授がYoutubeチャンネルを開設していたので20話ほど見てみた。
まだまだ不勉強だが、どうやら仏教の本質は超自然的な(いわゆる神とか霊とかそういった存在)ものを盲目的に信じる事ではなく、
目標を設定し、ロジカルに手段を考え、頑張れば夢は叶うというポジティブシンキングを徹底的に否定する事によって
この世に希望を持てない苦しみを持った人を救済する一種の考え方、哲学をメインとしていた。

 

あれも欲しいこれも欲しいという貴方の希望は(努力しても)叶わないが、

欲しくない、それが無くても私は今のままで充分満ち足りているという境地に入れば苦しみは無くなるという発想の転換だ。

仏教は全て自分の考え方次第で世の中が変わるという事をベースにしている。

(個人的にここが最もお釈迦様はマジで天才だなと思う所だ。)

だから着るものもボロ切れ1枚で良いしご飯も残飯を分けてもらうだけで良い。それでも幸せだから。

 

 

言ってみれば仏教は苦しみの原因を徹底的に構造分解した論文だ。悩んだ時に「その苦しみはこれにあたるのでこう考えたら良い」というお釈迦様の考え方を体系化した2600年くらい前の教え(心の処方箋)だった。
この教えが余りにも多くの人を救ったのでお弟子さん達が(あの人すげえ良い事言ってたよなと)文字にしてまとめ、一生懸命広めたのがお経だ。(他にも有るらしいが)


その後色んな解釈がなされる内に仏の(お釈迦様が定めた内容通りに)修行をしている人だけが悟りの境地へ達するという考えが徐々に変わり、これを否定する(修行してない人でも全員悟りを得られるとする)形で大乗仏教(だいじょうぶっきょう)が生まれ、日本に伝わっている。

南無阿弥陀仏と唱えれば極楽へ行けると説いた法然さん(浄土宗)や親鸞さん(浄土真宗)が分かりやすい。

般若心経はこの大乗仏教に準している。

 

さいごに

 

筆者は多くの日本人と同様、そこまで信心深くない。

筆者の家の墓は浄土宗なので筆者も浄土宗信徒なのだと思うが、浄土宗や浄土真宗で絶対的な存在である阿弥陀如来様のような事を言われても神話のように感じてしまい話半分になってしまう。

超自然的で何でも出来ちゃう全知全能な存在より、強力な力を持ってはいるが万能ではない、時にはミスもすると言われた方が自然に思えてしまう。(仏教含めあらゆる宗教を悪く言うつもりは毛頭有りません。単なる筆者個人の感覚です。)

世界を創造する一大プロジェクトが出来たとしても人間1人1人を常時監視するのは無理だ、そこまで手が回らんだろうと思ってしまう。

 

 

この辺の考え方は仏教や般若心経を勉強した今も変わっていない。

死後の世界観も同様だ。

地獄や極楽とか三途の川とかはよく分からないので科学的な考えの方が好きだ。

人間も石も全ての存在は同じ、本質は質量であり、死ねば別の物質になるだけ。輪廻転生が有るとすれば自分という存在も別の物質の一部になる事。

般若心経の色即是空は正にこれに通じるので筆者には合っていた。

死後もあっちからこっちに来るとか見守ってるとか言うより、その存在ではなくなるけど別の物質にはなってるよ、というのは信じようと信じまいと事実だからだ。概念の話ではない。

完全に消えるわけでなく形を変えている。

変な話、事実であるからこそ逆に死後もその存在を感じられ悲しみも受け入れられる。

 


次に何故これを葬式で読むのだが、それはまだ分からない。
今度坊さんに聞いてみようと思う。


そもそも死者に唱えているのか遺族に唱えているのか知らないし宗派によっては読まないとこも有るのかもしれない。
般若心経も、以無所得故が無いバージョンが有る(法隆寺に伝わっている梵語の般若心経ではカットされている)らしく複雑だ。

 

冒頭に書いた通り般若心経は国や地域を越えて多くの人の共感を呼び今なお愛されている。
筆者もその境地には程遠いが実体が無い物を奪い合って争う事はやめたいと思う。

戦争も然りだ。

 

 

やはり勉強してみると楽しくなる。

仏教の考え方も好きで、今更ながらなぜこんなに信徒が多いのかその魅力が分かってきた。

他の人の解釈も読んでみたい。肝心なのは自分でどう感じたか。

子供に聞かれた時に何となく、概念だけでも説明できるようにはなっておきたいと思う今日この頃だった。

 

 


おしまい。

 

最後にふりがな付きでフルを記載しておく。
本当の写経ではないがまぁこれも現代風の写経と言えば写経だ。
正しい改行・スペースの位置を知らないのでご参考程度に。

 


【仏説魔訶般若波羅密多心経(ぶっせつまかはんにゃはらみたしんぎょう)】

観自在菩薩(かんじざいぼうさー) 行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはーらーみーたーじー)照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう) 度一切苦厄(どいっさいくやく)
舎利子(しゃーりーしー) 色不異空(しきふーいーくう) 空不異色(くーふーいーしき) 色即是空(しきそくぜーくう) 空即是色(くうそくぜーしき) 受想行識亦復如是(じゅーそうぎょうしきやくぶーにょーぜー) 
舎利子(しゃーりーしー) 是諸法空相(ぜーしょーほうくうそう) 不生不滅(ふーしょうふーめつ) 不垢不浄(ふーくーふーじょう) 不増不減(ふーじょうふーめつ) 是故空中(ぜーこーくうちゅう)
無色無受想行識(むーしきむーじゅそうぎょうしき) 無限耳鼻舌身意(むーげんにーびーぜっしんいー) 無色声香味触法(むーしきせいこうみそくほう) 無眼界乃至(むーげんかいないしー) 無意識界(むーいーしきかい) 無無明亦(むーむーみょうやく) 無無明尽(むーむーみょうじん)
乃至無老死(ないしーむーろうしー) 亦無老死尽(やくむーろうしーじん) 無苦集滅道(むーくーしゅうめつどう) 無智亦無得(むーちやくむーとく) 以無所得故(いーむしょくとっこー) 
菩提薩埵(ぼーだいさった) 依般若波羅蜜多故(えーはんにゃーはーらーみーたーこ) 心無罣礙(しんむーけいげー) 無罣礙故(むーけいげーこー) 無有恐怖(むーうーくーふー) 遠離一切顛倒夢想(おんりーいっさいてんどうむーそう)
究竟涅槃(くうぎょうねーはん) 三世諸仏(さんぜーしょーぶつ) 依般若波羅蜜多故(えーはんにゃーはーらーみーたーこ) 
得阿耨多羅(こーとくあーのくたーらー) 三藐三菩提(さんみゃくさんぼうだい) 故知般若波羅蜜多(こーちーはんにゃーはらーみーたー) 是大神呪(ぜーだいじんしゅー) 是大明呪(ぜーだいみょうじゅー) 是無上呪(ぜーむーじょうしゅー) 是無等等呪(ぜーむとうどうしゅー) 能除一切苦(のうじょういっさいくー) 真実不虚(しんじつふーこー) 故説般若波羅蜜多呪(こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー)
即説呪日(そくせつしゅうわつ) 羯諦羯諦(ぎゃーてーぎゃーてー) 波羅羯諦(はーらーぎゃーてー) 波羅僧羯(はらそーぎゃーてー) 諦菩提薩婆訶(ぼーじーそわかー) 般若心経(はんにゃーしんぎょう)