つつがなくそつがなく

ふらっと訪れクスっとしてもらう事を目指すブログ

市ヶ谷~船堀 徒歩の旅

2か月ぶりの更新となりました。

 

この間何をやっていたこと言えばほぼ80%が生成AIの勉強、検討に費やされました。

ChatGPTを自社に取り組む提案が経営層に認められたので頑張った甲斐が有りました。

 

近況はさておき、本題。

 

1日の徒歩最長記録

 

1日の徒歩最長記録はどれくらいでしょう。

筆者は13.6キロメートルになりました。(といってもそれ以前は不明)

 

 

会社では帰宅訓練なるものが推奨されました。

地震等で交通機関が止まった際、徒歩でも帰宅できる事を確認しておく訓練です。

 

強制ではないしあまりに遠い人はやらなくて良いのですが、

訓練を実行した人に限り通常3日間会社から出るなという約束に従わなくても良い、というルールになっています。

 

営業時間中にやるのですが有休扱いになるのでチャレンジしてみました。

筆者は千代田区の市ヶ谷で働き、江戸川区の船堀に有る自宅に帰ります。

 

デスクワークで普段全く運動しない筆者からするとこのチャレンジは旅であり冒険でした。

成し遂げられる自信もあまり有りませんでしたがワクワクもしてました。

 

13.6キロの徒歩旅スタート。

画像はGoogle Mapで市ヶ谷駅から船堀駅までの徒歩ルートを出したものです。

ご覧の通りとにかく東へ東へ行けば良い簡単な行程。

 

 

 

九段下あたりで「後で振り返ったら楽しいかな」と、途中途中で写真を撮りました。

 

①市ヶ谷~岩本町 千代田区脱出編

お昼の12時に会社を出発。

上述の通り九段下で撮り始めたので市ヶ谷の写真は無し。

 

九段坂公園。

日本武道館や皇居に続くお堀。

 

日本武道館前のお堀。水草が凄かった。

 

 

日本橋川を渡す「まないた橋」。漢字だと俎と書くらしい。

東京に生まれて41年。日本橋川という川を初めて知った。

 

まないた橋の中央。

日本橋川神田川から分岐して皇居近くを通って日本橋へ続く川の名称らしい。

東京オリンピック(1回目)開催で高速道路建設の際、土地買い占めるより川の上を通そうぜ!となった名残か、都心の河川の上は高速道路だらけなので暗い。

 

 

古本とスポーツ用品とカレーの街、神保町に到着。

神保町は書店がひしめいており、この通り(靖国通り)だけで大げさでなく30~40店くらいある。

wikiによると古書店の数は130軒、180軒、少なくとも400軒と諸説あるらしい。)

本屋が家主のビルなのか、よく営業していけるなぁと感心する。

 

 

神保町の謎の癒しスポット。なんとか商栄会による寄贈で、旅人(通行人)が涼しくなるようにと設置されたもののようだった。ありがたい。

 

 

特にコメントの浮かばない小川町の小道。

九段下・神保町に比べると特筆すべき点が浮かばなかったがこういう抜けている路地が好きなので1枚撮っておいた。

 

岩本町の交差点。

写真奥に行くと秋葉原

 

岩本町その②秋葉原へ向かう電車。

秋葉原は交通の要所なので様々な電車が通る。この辺りで暑さに参り始める。

 

 

赤レンガの高架下。

秋葉原~神田には赤レンガの橋が有り10年くらい前にリノベーションされてオシャレな店も出来た。この道がその万世橋かどうかは分からない。

 

 

更にまっすぐ行った先の交差点。

右の建物の屋上が気になった。

交差点の名前は大和橋。地下に川が流れてるのだろうか。(ブラタモリみたいになってきた)

 

その、屋上が気になるビルの前。

歩き始めて1時間、未だに千代田区から出れていない事を知りガックリした1枚。

道は遠い。

 

 

馬喰町に到着。

ようやく中央区に入った。抜けている路地が有ったのでパシャリ。

 

地図で言うとこの辺。まだ30%くらいしか来ていない。ここまでで90分くらい。

暑かったがまだ元気だった。



 

②浅草橋~住吉 スカイツリーは憎い奴&休憩は地獄の始まり編

浅草橋の交差点。

この旅で長い付き合いとなるスカイツリーが出現した1枚。

 

両国橋とスカイツリー

この旅では隅田川と荒川という東京を代表する大河川を2つ渡る。

 

 

もう一枚。

ちなみに有名なアサヒビールのうんちみたいなオブジェも隅田川沿いに有る。

隅田川を渡ると都心から出た感じが有る。

 

 

反対側。

船はお台場へ向かう水上バス。やたら近未来的デザイン。

何度か乗った事が有るが楽しい、お台場が流行っていた頃はたくさんの人が利用した。

平日に乗る人は観光客かしら。

 

 

両国橋を渡り切った所にある碑文。

東郷平八郎と並んで日清日露戦争で活躍した陸軍初代総帥の大山 巌氏のもの。

両国橋と関係は不明・・・ゆっくり読みたかったけどまだまだ先は長いので写真撮って歩を進めた。

 

 

以前行った事が有る「ももんじゃ」。猪の他に熊や鹿など今で言うジビエ肉が楽しめる。ちょっと高いけど美味しい。

 

外側に猪のはく製が吊るされている。

 

 

 

はく製近くに有る立札。

豊臣秀吉の時代では肉食は禁忌とされていて江戸時代でもあまり大きな声では言えなかったので「ぼたん(猪)」「さくら(馬)」など植物や花の名前で(隠語で)呼ばれていたらしい。

猪は山くじらとも。

 

国技館近くのお寺。回向院?

詳しく見たかったがとにかく暑いので先を急ぐ。

 

 

横綱横丁という路地。両国らしい名前ですなぁ。

奥に見える屋根が国技館。相撲を生で見てみたいなぁ。

 

 

うずら鍋屋さん。

うずらは卵しか食べた事が無いが親も旨いのか。

両国は歩いていてとても楽しい街だった。

 

 

 

両国でパシャパシャ撮ったがまだこの辺。馬喰町から全然進んでいない。

このまままっすぐ行けば錦糸町に入る。

 

両国を過ぎてから特に撮る景色もなく、

ただずっと全く近づいてこないスカイツリーを追いかける苦行が続く。

スカイツリーにムカついてくる。

 

気分を変えて(通勤で毎日乗っている)都営新宿線沿線を歩きたくなったので南に位置する菊川駅に向かう事に。まだ全行程の半分くらい。



 

 

隅田区の「緑」、ただの「みどり」という地名付近。

 

この近くで靖国通りから外れ1回目の休憩をとる。

これが地獄の始まりだった。

一度休憩するとそれまでの疲労が一気に押し寄せ、感じていなかった足の痛みに気が付く事になる。

体力的な疲れよりただパーツとしての足が痛い感じ。

 

 

菊川駅を経て新大橋通りに向かう。

途中何度かくねくねした。靖国通りを外れるとほとんど人通りが無くなった。

足が痛いので公園を探し、猿江恩賜公園では絶対に休憩しようと考え始める。

 

分かりづらいけど奥にガードマンが居る付近は橋になっている。でも地図を見返すとそのような川は無い。

もはや記憶が曖昧で「足いてぇー」しか考えられなくなっていた頃。

スカイツリーが見えにくくなった分、気分は軽くなったが足の痛みが強くなってくる。

 

 

大横川を渡る菊柳橋

久しぶりに現れたスカイツリーをまだ追い越せていない事にガックリ。

 

地図で言うと矢印のあたり。赤丸がスカイツリー

 

 

住吉駅近くの商店街。

ようやくスカイツリーが真横になった。

関係ないけど銀座という地名は多い。

 

猿江恩賜公園に到着。

途中で見つけた公園でも休憩したかったが喫煙者が居たのでここまで我慢した。

灰皿が設置されてない場所で吸う輩が一刻も早く居なくなる世の中になって欲しい。禁煙と目の前に書いてあるのに吸う馬鹿は一体何を考えているのか。

 

ここではしっかり15分くらい休憩した。

ここまでで2時間30分くらい。あと30%くらい。

 

猿江恩賜公園~ゴール 絶望の船堀橋

休憩して更に足が痛くなる。骨だけでなく筋肉にも痛みが走る。

 

恩賜公園を出て間もなく横十間川(よこじゅっけんがわ)を渡る。

ようやくスカイツリーを追い越した。歓喜

中央正面に見えるのは次男が生まれた墨東病院

 

西大島駅の駅前交差点。妻の勤務地でもある。

都営新宿線は地下鉄なので駅の入口が分かりにくい。

 

この旅で初めて、ようやくゴールである船堀の地名が出てきた。

思わず「おぉ~」と声が出た。

 

 

 

西大島と大島の間くらいに有る中央銀座商店街。

銀座は元々は両替所だった江戸時代の銀座役所が由来。だけど賑わってる場所も銀座という風潮が生まれたらしく銀座という地名、場所はたくさんある。

ここが両替所だったのかどうかは分からない。

 

大島駅近くのマンモス団地。

1Fにサイゼリアなど飲食店が軒を連ね、真ん中(写真左)は公園、そして反対側にはまた同じサイズの団地が後方へずっと続いていた。

団地と縁の無い人生を歩んだけどこの団地は住みやすそうだなと思いました。

 

 

大島駅の駅前。

都営新宿線の駅前は特にひっそりとしていてぼーっとしてると通り過ぎてしまう。

 

 

大島駅東大島駅の中間あたり。この辺りは何かエモさを感じさせる風景が多かった。

マンションの1Fがお店というのは何となく見ていて昭和っぽい良さを感じる。

 

この近くで足の痛みを紛らわす為にたこ焼きを買った。

店員の女性スタッフが「自動販売機の方がマシ」というレベルで無愛想だった。(スマホを操作している所に筆者が来たので何かが中断されたのかもしれない)

たこ焼きは美味しかった。確か610円。

むしゃむしゃ食べながら歯を食いしばって歩く中年男性の姿は異様な光景だったと思う。

 

東大島駅前。東大島は川の近くで景観が美しいからか団地とマンションが密集しているビル群の街だ。

ラストスパートの船堀橋が見えてきた。

 

 

ちなみにこの船堀橋はめちゃくちゃ長い。

旧中川、荒川、中川と3つも川を渡る上に荒川がめちゃくちゃ太い。

東大島駅船堀駅区間の80%くらいがずっと橋だ。

厳密に言うと荒川の上だけが船堀橋なのかもしれないが写真の通り東大島駅から昇り坂が始まり下り坂になるには川を3つ渡るという長距離だ。

 

この地図で言うと上の写真が左の矢印で右の矢印が橋の終わり。距離にして2キロくらい。

 

 

ずんずん進む上り坂。よく考えたらここまでの行程には一切坂が無かった。

あと一駅だが足が痛い。

 

最初の川である旧中川。風光明媚。

 

川の反対側。

青く長い建物は東大島駅のホーム。川をまたぐホームなんて珍しいんじゃないかしら。

 

何か鳥がいた。

 

 

荒川手前で信号。

川を3つも渡るわ信号は有るわで本当に珍しい道だ。

中央右にある白いタワーが船堀駅前にある船堀タワー。

東京3大タワーの1つらしいけど、東京都民だけどこの地に引っ越してくるまで存在を知らなかった。東京タワーとスカイツリーの2大タワーで無理に3大にしなくてもいいのでは・・・

 

荒川スタート。

いつも電車で渡ってるけど晴れた日は美しい。

 

反対側。

隣に見える橋を都営新宿線が走る。

そのまま川を下っていくと葛西、東京湾の河口だ。

 

 


荒川はとにかく太い。尋常じゃないほど太い。

橋の中央にある「はしご」。

水質とか水深を調べる時に使うのかしら。

 

 

ようやく荒川が終わり。

まだ中川が控えている。足が辛い。

 

 

 

中川を渡る。

右に見える建物はボートレース場

 

ちょうどレースをやっていた。

筆者はギャンブルしないけどこの歳入が貴重な江戸川区の資金となっているのかしら。

 

橋を下りてしばらく歩いたとこにある草野球場。遠くにスカイツリーが見える。

もうあんなに遠くに有るんだなぁ。そんなに歩いたんだなぁ。

 

その草野球場から更に北に歩いた所にある交差点。

ここまで来ると自宅近いのでおしまい。

正面に見えるのが船堀橋の途中で見えた船堀タワー。

時刻は4時だった。

 

これにて旅はおしまい。全行程約4時間。

途中、休憩したりコンビニで飲み物を買ったりしたけど本当に疲れた。

 

最後の船堀橋の長さに改めて唖然とした。

普段電車だと3分くらいで通過する距離だ。

 

船堀駅から市ヶ谷駅までは電車だと25分。

歩くと4時間もかかるんだなぁ電車は凄い。

 

 

今回成し遂げた事は自信にもなった。

大震災が来ても最悪歩いて帰れると立証できた。

 

でも、いくつも橋を渡った。

特に船堀橋が壊れてしまったらあの太い荒川を泳いで渡らないといけない。

真冬だったら絶望的だ。

 

大震災は冬はもちろん永久に来ないで欲しいと思いました。

 

おしまい。