婚活の思い出①
今まで書こう書こうと思っていて後回しにしていたテーマだ。
全て書ききれるか分からないけどとりあえずその①。
もしこれを読んでいる婚活中の方が居たら一言。
婚活って疲れますよね。分かります。
無理のないペースでと思いながらも年齢考えて焦りますよね。
婚活って疲れるんですよね。アドバイスは出来ないけど「分かるよ!YOU頑張ってるよ!」とだけ伝えたいです。
中島みゆきの時代でも聴きながら、酒のつまみ感覚で読んで欲しい。
さて
誰も興味ないだろうがプロフィールとプロローグを書く。
<プロフィール>
筆者・・・41歳、2児の父。東京都出身&在住。婚活歴は約4年。途中何人かお付き合いするも破局を繰り返し36歳でようやく結婚できた。
婚活中の実績:4年間で会話だけなら100人以上、デートだけなら30人くらい、付き合ったのは妻を含めて4人。
妻・・・41歳(同じ年)、埼玉県出身、就職と共に東京へ。婚活で有る程度付き合った人に「実は最初から全く結婚する気がなかった」と言われ落ち込んでいた時に筆者から声がかかる。
<プロローグ>
先日インスタで、
婚活で知り合いお付き合いしたが結婚には至らず別れた人から無言でフォローされた。
(新規フォローの通知が来て見に行ったらその人と分かった。)
「久しぶり!元気してる~?」とかそういうメッセージは無くそっとフォローされてその後いいねも何もなく。
元カノとやりとりするなんて妻も良い気がしないだろうから、こちらからリアクションはせず気が付かない振りして放置。
そういえばと思って確認したらフォローが外されていた。フォローされていた期間は2週間くらいだっただろうか。
聞きたくないだろうから妻にも話していない。
不倫する気は更々無いけど何だったんだろうな~とは思いつつその人の投稿を見ると男性も子供も写っていなかったのでまだ独身なのかな?という印象だった。
お付き合いしていたのはたぶん32,33歳くらいだったと思う。
なので8,9年前だ。
婚活サイトでこちらから話しかけ、LINEで1週間くらい話して猛烈に盛り上がって実際に会った初日から交際スタート。
燃え上って(お互いの親にも紹介して)燃え尽きて7,8か月で別れたという苦い思い出だ。
とりあえず親に「ごめんなさいね…。」と謝った事だけはハッキリ覚えている。
そんな思い出が蘇ったので書いてみる。
婚活を始めようと決意したあの日
筆者には元々「ほぼ婚約」状態の人が居た。
27歳の時、1歳上の人と付き合いはじめた。
会社の人が誘ってくれたハロウィンパーティーで知り合い、後日2人で飲みに行った事で付き合いが始まった。
2年かそれよりもう少し経ち、お互いの親とも(豪勢ではない)普通のご飯を気楽に食べられるくらいの仲になり、お互い30も近かったので両家の親も「たぶんこいつら結婚するんだろうな」と思っていた。
そんな時、結婚前に同棲したいと考える筆者と、それを認めない彼女の親御さんとの間で少し軋轢が生まれた。
大事な事だし多少のお試し期間は必要だと思う筆者と、「同棲するくらいならすぐ結婚」という親御さんの主張は平行線。
お互い「なんで分かってくれないんだ?」といった感じだったがそれでもお付き合いは続いていた。
それから2か月後、彼女が実家を出て1人暮らしを始めた。
その時事前に「1人暮らしをしようと思う」という相談が無かったので戸惑ったが「もう契約した」と言うので「そうなんだ」と言うしかなかった。
親御さんの反対を押し切ってだった。(彼女の家では子供が彼女1人だったので大事な大事な箱入り娘だった。)
さらに数か月後、彼女が転職をした。
配属が変わり激務だと有名な部署への異動を命じられたので決心したという事だった。
理由はともかくその時も事後報告だった。
引っ越しはそれほどでもないが転職は人生でかなり重要なイベントだ。
少なくとも筆者にはそうだ。
何も知らされずある日突然「会社変えた」と言われた時、どういう顔をすれば良いか分からなかった。
「この先この人とやっていける自信が無いな」とハッキリ感じた。
彼女の主張は「心配かけまい、責任感じさせまい」というものだった。
優しさからだった。
「全てあなたの為にやったこと」と言っていた。
だが納得できるだろうか。
職業が変わっている事をある日突然知らせてくる人と、長い人生を共にしたいと思えるだろうか。
全然出来るよ!という方も居るだろう。
まだ結婚してないんだしどうなるか分からない状況なんだから彼女の気持ちも分かる、という人も居るだろう。
バイトの話ではない、れっきとした正社員の転職だ。
筆者には無理だった。
(もっと言うと彼女は知らない人は居ないであろう超大手に勤めていて彼女の父もそれを誇りに思っていた。それを筆者の為だと何の相談も無しに転職したのだった。)
それから数週間後に別れを告げた。
しかしこの事件がキッカケで婚活を決意したわけではない。
婚活を決意したのはそれから少し先。
その人と別れ、数か月後に同じ会社の人と付き合い始めた。
6歳年下の彼女は当時24とか25とか。若かった。
「そろそろ結婚したい」と考えていた筆者は、
交際1年後にプロポーズ。見事に玉砕した。
今思えば「そろそろプロポーズされるな」という匂いを出しておくべきだった。
リサーチしておくべきだった。
そうすればあんなに見事に玉砕せずに済んだかもしれない。
何の前触れも無くいきなり全力ストレートをぶちかまされた彼女は「ごめん。まだ結婚とか全然考えられない。」と言っていた。
相手の立場になって深く考えず自分の気持ちだけを押し切ってプロポーズしても上手くはいかない。冷静になって考えれば当たり前だが当時は舞い上がっていた。
それからギクシャクしたこと。
玉砕プロポーズしたのが10月くらい。
それから程なく毎週会っていた彼女が「結構先まで予定が入ったので次に会えるのは12月」と言ってきた。
あ、これは近々振られるんだなと思ってこちらから連絡を控えていたら、そのままお互い連絡を取らず年が明け、2月くらいに電話で「そろそろそっち(彼女の家)に有る俺の私物を引きとろうと思う」と相談。別れた。
同じ会社なので別れた後もしばらく廊下ですれ違った時に気まずくなったが今はお互い結婚して子供もいる。
婚活を決意したのはこの人と別れた直後だ。
筆者は思った。
次に付き合う人はどういう人なのか事前情報が無いとダメだ。
結婚するには「結婚したいか、時期はいつか、子供が欲しいか」これらが一致している人をまず見つけなければならない。
これが一致している前提じゃないと「良い人そうだから」とか「可愛いから」と言う理由で口説けない。
そう強く思った。
相手の時間も自分の時間も無駄になってしまう。(無駄という表現が適切じゃないと思いますが他の言葉が見つかりませんでした。語彙力…。)
それを、年の近い取引先の人と飲みながら話していたら「実は俺もそろそろ結婚考えているんですよ、でも中々良い人いなくて。婚活パーティーとかどうなんですね?」と言われた。
婚活パーティー・・・
存在こそ知っていたが自分には縁のない物と決めつけていた例の宴。
確かに結婚したい前提の人しか来ないのだから行き当たりばったりの町コンや合コンより遥かに効率が良い。
「初めまして~、突然ですけど近々結婚したいなって思ってたりします?」なんて質問しなくていい。
普通なら初対面の人間にそんなガツガツ結婚や子供が欲しいかについて聞かれたら引かれてしまうかもしれない。
だが婚活パーティーでそれを聞くのはむしろ自然だろう、自分も聞かれるに違いない。
これは行くっきゃないんじゃないか!
運命の出会いがあるかも!
調べてみると有るわ有るわ宴の数々。
夜な夜な催される例のパーティーには参加資格が課せられていた。
主に男性には年収、職業、学歴。
女性には年齢。
即物的というか、シビアだな~と思いつつその前提をクリアしている人しか来ないという事でこれもまた効率化なんだろうと納得させ、
婚活の話をした言いだしっぺの取引先の人と人生初の婚活パーティーへ繰り出すのだった。
当時31歳。
そんな時代もあったねと、いつか話せる日が来るわ。
妻と出会うまであと4年。
続きはまたいつか。
おしまい。
絵本を読む時に思うこと
絵本の読み聞かせは世界中の親にとって、時に幸せであり時に苦痛でもある時間だ。
とてもウザい発言だと思うが言わせて欲しい。
筆者は絵本を読むのがとても上手だ。(自画自賛)
(憎い・・・自分の才能が・・・表現力が・・・)
余裕の有る時ならたっぷり時間を取って何冊でも読んであげたい。
でも忙しい時や体調が悪い時は本気で苦痛だ。
そんな時はiPadの力を借りている。
ちなみに寝る前に見て良い動画は「おさるのジョージ」に固定している。
とても良いアニメだし子供たちも楽しんでいて「他のにしたい」と言われた事が今のところ1度も無い。
筆者…41歳。2児の父、翌日の晩御飯を作り終えたら絵本と寝かしつけを始める。
長男…5歳。絵本より辞典や間違い探しなどアクティブ系を好む。
次男…3歳。ストーリー性の有る絵本が大好き。
妻…家事担当。育児は夫担当なので絵本を読む事は稀。
絵本 vs iPad(親視点)
寝る前にiPadを使う時はこちらが忙しい時が多い。
iPadの良い所は読み手(こちら)のクオリティが一定に保てる点だ。
眠くて疲れてまだやる事が残っている時、それでも歯を食いしばって絵本を読むとどうしても適当になってしまう。
読んでいるこちらもストレスになるし子供たちも楽しくないんじゃないかなと思ってしまう。
子供たちがジョージを観ている間、休憩したり明日の事を確認したり料理が終わってなければその続きが出来たりする。
こちらに余裕が有る時は終わった時に内容を説明してもらう。
どういうお話だったかを説明するのは楽しいようで、2人とも俺が俺がと身を乗り出して説明してくる。
そういうわけで親としてはiPadを多用したい。
絵本 vs iPad(こども視点)
対して子供たちは絵本の方が好きだ。
安定して楽しいジョージを見て寝れるんだから不満は無いと思っていたが絵本の方が楽しいと言う。
筆者は絵本を読むのが上手い(ウザい再掲)。
絵本を読むとき、一方的に読まず会話形式で進める。
例えばぐりとぐらがカステラを作る話では「ぐりってだれ?砂糖ってどこ?」「これから何を作るの?」などを逐一聞く。
「正解!」とか「当たり!」とか簡単な質問を繰り返し子供たちが自信を持ってきたところで少し難しい描写を質問する。
「どうしてこの子は泣いてるの?」「どうして王様は裸なの?」とか心理描写を質問してみる。正解するまでヒントを出し続けるからどれだけ間違っていても嫌な空気にならず子供はガンガン発言する。
絵本は結局「国語」の授業だと思うので、楽しい国語になれば良い。
心理描写を汲むことは他人の気持ちを推し量り、悲しみや喜びを共有できる人に繋がる。
ちなみに(しまじろうの)英語の本は「Found」や「Number」など基礎的な「探す」「数える」なのでアレンジを加えてお題を勝手に増やしたり、「Stand」「Sit down」「Run」などは実際に体を使って遊びながらやっている。
だからなのか子供はiPadより絵本を好む。
単純に親とのコミュニケーション、肌の触れ合いや会話が楽しいのかもしれないが、
楽しい絵本はiPadによる楽しさを越えているようだ。
学ぶは楽しい
感想を聞いたりクイズを出したりするのは、元々は長男対策だった。
子供が長男だけの時、「学ぶは楽しい」を全面に押し出し続けた結果、彼は図鑑ばかりを好むようになった。
「これは〇〇って言うんだよ」「これはね、〇〇だから△△なんだよ」など
「へ~良く知ってるねぇ」とか「よく覚えたなぁ凄い凄い」と言われる快感を覚えさせ過ぎてストーリー性の有る本を好まず集中して聞かなくなってしまった。
このままでは「実に面白い」しか言わない某物理学者のようになってしまう。
それで本が終わった後に感想を求めたりクイズを出すようになると、長男もちゃんと座るようになった。
長男はじっと聞いているだけ、見ているだけ、受け身なのが苦手だ。
アクティブに、能動的でないとすぐ飽きてしまう。
それを工夫する形で変わっていった。
しかしやはり1つ問題が有る。
ただ普通に読む事に比べて格段に気力と体力を使う。
あー今日も楽しかったとご機嫌で寝る子供たちに対して筆者はクタクタだ。
だから安定したクオリティを担保出来るiPadに頼りたくなる。
結局どちらも良いものだと思うのでバランスよく併用する形でこれからも楽しい寝かしつけを継続していきたい。
最後に長い余談。
アナログVSデジタル
育児をするにあたり必ず論争になるのがアナログVSデジタルだ。
テレビの前は漫画が標的だったらしい。
漫画ばかり読んでいると馬鹿になるという時代が有り
テレビばかり見ていると馬鹿になるという時代が有り、
現代はYoutubeばかり見ていると馬鹿になるという時代なんだろう。
デジタルを隔離している事(ウチはYoutubeもゲームも禁止してますなど)を誇らしげに語る家も有る。
アナログで育てるのが1番!と信じている方のお考えを否定するつもりはない。
だがアナログとはこの現代に置いてなんだろう。
医学的に視力や脳への懸念が有るならテレビと同じ距離を取らせればいい。
Youtubeを禁止しています、テレビを禁止しています、砂糖を禁止しています、肉を禁止しています、〇〇を禁止していますというのは本当に正しいのだろうか。
教育とは禁止する事なのだろうか。
禁止された子供が東大に入ったというエピソードを見て、それを子育ての正解だと考える人も居る。
現代でも有名大学へ入り大手企業で働く事が幸せへの道と考える親が多いからだろう。
でもはっきり言って日本経済の未来は暗い。
だから大手企業で働くより自分で起業出来る企画力と実行力の有る人間に育てた方が子の為になる。
起業するための経験として大手企業で経験を積む事は素晴らしい事だがそれを終着点と考える子は将来危険だ。
新しい物を取り入れる時は必ず議論が起こる。
良かったのか悪かったのかは数十年後になってみないと分からない。
今のところ漫画、テレビ、ゲームで育った我々世代は特に悪影響を受けなかったように思える。
余談だがゲームばかりしてると目が悪くなるよ!と言っていた親や姉はメガネをかけ筆者は裸眼だ。(筆者の視力は41歳で両目共に1.0。)
デジタルから隔離する事で得られるメリットは有るだろう。
だが隔離する事で発生するデメリットも有るかもしれない。
また、楽をする=マイナスイメージという古来からの価値観も要因の一つだろう。
あくまで筆者個人の感覚だが日本人は海外に比べこの傾向が強く、苦労している美学・エゴが強いように思える。
日本では孤軍奮闘型を称える傾向に対し、欧米では協力者/理解者を増やすリーダー型の方が賞賛される。日本では何故か最初から最後まで全部自分1人でやらないと賞賛されない。(海外に比べ日本で優秀なリーダーが育ちにくいのはこのせいだ。)
筆者はYoutubeも化学調味料も便利家電も使えるものは何でも使う。
完全母乳、布おむつ、手作り離乳食にこだわる必要性を全く感じない。
乳児からすればそのこだわりより、もっと肌を接する時間を長くして欲しいだろうと思うからだ。
楽をする事は気持ちに余裕が生まれるから結局子供と触れ合える時間が増える、良質なコミュニケーションが取れると考える。
大人の世界でも忙しい忙しいアピールするより常に上機嫌で仕事をする人の方が好まれる。
また、少し別の話。
以前、藤井聡太さんが3歳の頃から遊んでいたスイスの高級積み木が話題になった。
「計12万5400円のすごい知育玩具」藤井聡太"四冠脳"を育てた藤井家の秘密 泣き虫少年が天才になった道のり | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
とても良いオモチャだと思う。
記事に有る通り隠れてしまう通路を考えて組み立てるとビー球がトンネルを通り空間把握能力が鍛えられそうだ。
だが、そんなに良いものなら国や自治体が大量に買い取るか、類似商品を作って全国の保育園幼稚園に配った方が良い。
教育に貧富の差が有ってはならないと訴えるなら尚更だ。
しかしこれを使えばみんな藤井プロになれるかと言うとそんな訳はない。
素質の有る人がこのオモチャに触れる事によって開花する事は有る、というだけだ。
同様に(反対に)YoutubeやSNSに触れた瞬間みんな馬鹿になるかというとそんな訳はない。
どんな動画を見るか、どんな使い方をするかで道具の良し悪しは変わる。
どんな使い方が良いかを教えるのは親の役目であり、
親の監督の元に小さい内から経験させる事によってイジメや誹謗中傷に使用されてしまう事を防げるかもしれない。
より良い生活を育むツールとして子供たちならではの使い方がなされるかもしれない。
とは言えネットの扉を開くと危険がいっぱいなのは事実だ。
この世に悪は蔓延っていて、薬物、エロや淫行、自殺幇助、危険思想の流布、ガセネタ、などなど色々有る。
私の気持ちなんて誰も分かってくれない!と悩んでいる思春期の学生に「分かるよ、話聞くよ」なんて近づいてくる見知らぬ人との接点を作ってしまうは確かに危険だ。
それらから子供を守る為に一定の年齢までデジタルから隔離する事は間違ってはいないと思う。
悪を目にした時、「こういう物は悪だ」と親の監督下できちんと教える事によって子供自身が自衛出来る方が理想的だ。
でも、悪だと言われても興味は沸いてしまうのが子供であり人間だ。
では何が正解なのか。
それを令和の親はそれぞれ考えていくんだろう。
SNSでは色んな人の考えに触れる事が出来る。
誰も彼もが映えやゲームの投稿をしているわけではない。
宇宙飛行士の若田光一さんが宇宙からの映像を送って見せてくれたりする。
野口さんはYoutubeでISS内での面白実験をたくさん投稿してくれている。
(別に映えやゲームが悪いわけではない。)
色んな世界が有って色んな考えが有る事を知って欲しい。
少なくとも、自分の理解の及ばない考えに対し、拒絶し排除する凝り固まった頭の持ち主にはなって欲しくない。
アナログもデジタルも良い面だけではない。
上手に付き合って子供と共に成長するのが親として見せられる背中だろう。
最後は格好つけて終わった。
おしまい。
ヤクルトファンが見るオリックスの名選手たち
前説
日本シリーズが終わってしまった。
勝敗は兵家の常。負けてしまった事は仕方がない。
去年はウチ(ヤクルト)が勝って今年はオリックスが勝った。
勝敗には色んな要因が有って、それらは色んな専門家が述べているから素人の筆者が書いても仕方がないが、
何しろ今年の日本シリーズは去年以上に面白かった。負けたのにそう感じる。
映画や漫画にしても名作になるだろう。
毎試合緊迫した流れで、悔しいというよりも「こんなに面白い祭りがもう見れないのか…終わってしまったのか」という喪失感の方が強い。
実際筆者の職場でも普段野球の話なんてしない人達が「ヤクルトには申し訳ないけど連日面白い試合だったね」と声をかけてくる。
自宅では妻も子供も一緒にユニフォームで観戦してくれて幸せだった。
本当に素晴らしい日本シリーズだった。間違いなく球界の歴史に残り、両チームのファンにとって伝説として語られ続ける展開だった。
筆者の好きな神田伯山さんに講談として語ってもらいたい。
ヤクルト側の内容は非常に歯がゆいものだった。
文句なし100点なのはオスナ。そしてライアン、カツオ(石川)だろう、田口率いるリリーフ陣もよく頑張った。清水、石山、木澤、今野、みんな完璧だった。
塩見がよく頑張ったものの、村上・山田が機能せず打撃の主役が外国人、打ち砕かれた投手も外国人という外国人の印象が強く残る展開だった。
これ以上書くとヤクルトは愚痴になってしまう。
だからオリックスへの賛辞を込めて、ヤクルトファンの筆者が見るオリックスの特に光った名選手たちを挙げていく。
補足:選手の成績はこちらを参照しています。
https://npb.jp/bis/2022/stats/idb1ns_b.html
野手編
吉田正尚(29歳)
7試合32打席 4安打 本塁打2本 打点4 打率.174 出塁率.406
優秀選手賞に選ばれた1人。
日本シリーズで活躍した選手は誰ですか?とアンケートを取ったら両チーム対象でも上位を取るだろう。
「重要な局面で結果を出す」という事に長けているしチャンスも作れる。
村上と同じく警戒されてフォアボールが多くヒット数が少ないがヤクルトファンの多くは「吉田にやられた」と多くの人が感じただろう。
176センチの筆者よりも低いのにあの長打力、正確無比なバッティング。
打撃の神に愛されている選手だ。
杉本裕太郎(31歳)
7試合29打席 6安打 打点3 打率.231 出塁率.310
ホームラン王の印象が強いのでそちらばかりに気を取られた。
「あれ、この人あんま打たないんだね」と思っていたが結局決勝打となるヒットを放ちオリックスを優勝へ導いた立役者。
エラー扱いとなった幻の打点3が有るので実質は打点6。
ホームランは無いが吉田と同じく重要な局面で打つ「持っている人」だった。
後半「なんだかんだ言ってラオウめっちゃ活躍してるな」と思っていたらMVPだったので納得。
吉田とは青学時代の先輩後輩らしい。凄い2人が居たものだ。
西野真弘(32歳)
5試合12打席 5安打 打点2 打率.455 出塁率.417
数字の通りコンスタントに打つ。
それにガッツ溢れるプレーが目立っていた。
第5戦、9回でマクガフの悪送球を呼びサヨナラ勝利。
結局この人がウチの守護神にオリックスへの苦手意識を作り出したと思う。
ヤクルトファンからすると恨み深い人だがあの魂のプレーがオリックスへ優勝を呼び込んだのは間違いない。
紅林弘太郎(20歳)
7試合30打席8安打 打点2 打率.296 出塁率.345
まだ20歳ですってよ奥さん。
去年めちゃくちゃ苦しめられた時が19歳。化け物かこの子は。
次代の吉田正尚。守備も良い、走攻守揃った才能の塊だ。打席に立つ姿には既に華が有る。
「ここで紅林か~」「また紅林か~」と何度も呟かされた。
ヤクルトで言う青木が海外行きを決めた後の山田みたいなポテンシャルを感じる。
ウチの村上と同様、オリックスの宝だろう。
投手編
山﨑福也 (30歳)
登板2 勝利1 投球回9 防御率0.00
吉田と同じく優秀選手賞に選ばれた。
童顔なので25歳くらいかと思っていたら30歳。
下の名前は「さちや」と読むらしい。
オリックスには言わずとしれた絶対的エース山本由伸が居る。
ヤクルトはその山本由伸を初戦破ったので一気に連勝して決めたかったが、この男が立ちはだかった。
「なんだよ、山本打ち崩してもまだまだ油断出来ないな」と投手王国オリックスの代表としてヤクルト打線はコテンパンに抑えられた。かわいい顔して憎いやつ。(褒めてます。)
油断出来ないどころか負けてしまった。しょんぼり。
比嘉幹貴(39歳)
登板5 投球回4 防御率0.00
筆者が今回1番活躍したと思うピッチャーだ。
リリーフがスポットライトを浴びる事はそう多くないが実際この人を賞賛する声、記事が後を絶たない。
ワゲスパックと同じ最多の5登板、ウチにとっての清水や田口のような存在だ。
変幻自在な投球で「比嘉が出てきたらこの回は無理だな」と諦めさせられた。
いついかなる時でも結果を出すモンスター級のリリーフだ。全12球団で最も監督が欲しがる投手の1人だろう。「そうだねぇウチにも比嘉みたいなのが居ればねぇ」という声がどこからでも聞こえてきそうである。
ワゲスパックは抑えに出るとして、この比嘉が何回に出されるかが勝敗のカギを握っていたと言っても過言ではない。
ワゲスパック(28歳)
登板5 勝利1 セーブ3 投球回5 防御率0.00
優勝決定時のピッチャー。お手上げの活躍だった。
最後の試合、オスナが山﨑颯一郎からホームランを打った時「いけるかな」と少し思った。
だが9回ワゲスパックが出た途端、ヤクルトファンはため息を吐いた。
この投手の強みを筆者は理解出来ていない、だが数字は物凄く良い。
日本一の投手王国で最後の砦となれる器なのだろう。
今回紹介しきれなかった「宇田川優希」といいオリックスのリリーフ陣はヤバい。
とんでもないチームだった。
監督編
中嶋聡(53歳)
4勝2敗1分け
監督は1人しか居ないから「編」も何もないが日本一の監督だ、挙げないわけにはいかないだろう。
2敗1分け、あの苦境から立て直して破竹の4連勝。
この名将は一体どんな魔法を選手たちにかけたのか。
窮地に立った事で何かを覚醒させたのか秘策が当たったのか。
監督以外のコーチ陣の活躍も有ったんだろう。だが勝っても負けても勝敗の責任を最も負うのは監督だ。
おめでとうございます。来年は負けませんよ(負け惜しみ)。
それにしても良い写真だ。高津の後ろ姿が泣ける。
最後に
ヤクルトの敗因、と書くと悲しいのでオリックスの勝因にする。
ド素人の筆者的にも3番4番の山田村上を抑え込んだオリックスの巻き返し戦術が凄かった。
「オスナに打たれたとしても」という前提の元で投手陣を組み立てていたのかもしれない。
2敗1分けまで試合が進んだ時点で、もしかしたらヤクルトは丸裸にされていたのかしら。
もちろん選手個人個人の奮闘あってこそだがチーム一丸となれたオリックスと上手く歯車が回らなかったヤクルトでは試合数が多ければ多いほど差が出てしまったのかもしれない。
ちなみに筆者は第1戦の試合だけ神宮で生観戦していた。(友人がチケットを用意してくれた)
1戦目は苦戦したものの山本由伸を打ち崩した快勝。今年も優勝するものと信じて疑わなかった。
おめでとうオリックス。来年またやりましょう。
おしまい。
おもひでぽろぽろのおもひでぽろぽろ
だいぶ古い映画だが思いっきりネタバレ記事なのでまだ見てない人は読まないでください。
「おもひでぽろぽろ」を久しぶりに見た。
(本当は日本シリーズ、全国旅行支援割で泊まった旅行、もう一ヶ月近く経ってしまったキャンプの話を書きたいのだけど、それらを一本書くと結構な体力を使ってしまいそうなので後回しにする。)
おもひでぽろぽろは1991年の作品。
トトロ、千と千尋、ラピュタなど超有名作品を多数持つジブリ映画にあって
本作は比較的影が薄いかもしれない。
(今の小中学生は知っているのだろうか?)
監督・脚本は高畑勲さん。宮崎駿さんはプロデュースという立場だったようだ。
(画像はwikiから)
原作は岡本螢さん、作画は刀根夕子さん。
登場人物とあらすじ
主人公は東京で暮らす27歳の岡島タエ子。声優は今井美樹さん。
休暇を取って山形の田舎で農業経験する事を癒しとする変わったOLさん。(山形は姉の夫の親類というツテ)
滞在中、タエ子に色々と農業経験の世話をするトシオは25歳。声優はギバちゃん(柳葉敏郎さん)
タエ子が寝泊まりさせてもらっている「本家」の息子。
高校卒業したら東京に行く事を夢見ていたが親の反対で地元に就職。有機農業の先輩の影響で脱サラし、熱い気持ちで農業に打ち込んでいる。
(この作品は笑うと「ほうれい線」を出す事が印象的だ。)
全員紹介すると疲れるので登場人物はこれでおしまい。
他にトシオのおばあちゃん、同母、同父、ナオ子(タエ子の姉の夫の兄の娘で中学生)、くらいだ。
物語はタエ子がトシオやナオ子と会話する事で小学校5年生の記憶が蘇り、過去(昭和40年代)と現在(1982年)を行き来しながら進んでいく。
タエ子が小学5年生の昭和40年代というのはちびまる子ちゃんと同じくらいだろうか。
白黒テレビ、ひょっこりひょうたん島など、その時代を象徴するようなコンテンツ。
昔の東京の平凡な一家でどの家庭にもありそうなありふれた日常的シーンが度々呼び起こされる。
公式のURLを貼っておこう。
終盤、帰宅前日にトシオのばあちゃんが「そんなにここを気に入ってくれたならこのままトシオの嫁になってくれねえか」とタエ子に提案。
衝撃を受けたタエ子は本家から走って出て行く。
1人で佇んでいるところに通りかかったトシオが車で拾い、塞ぎこんでいるタエ子に「本家で何かあったんですか。」と声をかける。
その問いには答えず5年生の思い出で、自分にだけ握手をしてくれなかった「あべくん」の話を始めるタエ子。
タエ子本人のセリフを一部引用して心情を予想するに、
田舎暮らしに憧れを抱く東京生まれのOLが田舎の良い面だけを見て、「良い所ですね」「ここは天国」などのセリフを連発。
いっぱしに農家を知ったつもりだったが「嫁に来ないか」という抜き差しならぬ一言に「自分の人生にも田舎で暮らす可能性が有り得る」という事を自覚。
一生暮らす覚悟も無しに「こんな所で暮らしてみたい」というセリフを繰り返し、いざ相手がその気になったら怖気づいてしまう自分自身に嫌気がさしてしまう。
タエ子の心情を知ってか知らずかトシオは黙ってそれを受け止め車を走らせる、唐突に始めた5年生の辛い思い出もトシオの解釈を持って良い思い出として変換させようとしてくれる。
そんなトシオにタエ子は・・・
(これ以上書くのは野暮。)
という内容。
本作の魅力
まず第一に言いたい事は
とにかくトシオが格好良すぎる
という事。
なんて格好いいんだトシオ。
普段おしゃべりな癖に大事な時は多くを語らず包み込む、彼の人としての素晴らしさが溢れている。にじみ出ている。
もちろんおめかしして蔵王にデートへ誘ったりしているので少なからずタエ子に好意的だったんだろう。
だが指一本触らないし(触ろうとしてやめる仕草はあったが)、後半のシーンでも唐突に抱きしめるような事はしない。
数日間だけの短い付き合い、タエ子は東京の人という前提が有るので一歩踏み出すような事は一切しなかった。
30年も前の映画なのに何故こんなに美しいんだろう。
この画像だけでも目を細めて「ふーむ」と鼻息をしてしまわないだろうか。
トシオいわく流れる曲はハンガリーの百姓の音楽らしい。
聞き慣れないがどこか親しみの有る音楽と農作業風景が織りなすハーモニーは見ているこちらに何とも言えない心地よさを感じさせてくれる。
感想
本作を一本きちんと見たのはおそらく20年ぶりくらいだ。
初めて見た時は家で母と姉と見ていた。
公開された1991年から数年経った金曜ロードショーか何かで見たのだろう。
母はトシオのばあちゃんが自分の事を「オレ」と呼ぶ事や昭和40年代の風景、ひょっこりひょうたん島などの歌に懐かしい懐かしい喜んでいた。
タエ子の父親はかなり厳格で無口、筆者の父親はひょうきんな人で親しみやすいタイプなので「こんなお父さんじゃなくて良かったなぁ」と思っていた。
それこそ小学5年生くらいで見ていた筆者。
現在のタエ子より小学校時代のタエ子の方が遥かに感情移入しやすい対象であり、
タエ子とトシオの難しい大人のやりとりや、ばあちゃんに嫁に来ないかと言われて衝撃を受けているタエ子の気持ちなど全く分からなかった。
(ついでに言うとタエ子の同級生が生理になるというシーンが有るのだが、それを姉や母に質問してはぐらかされた記憶が有る、懐かしい)
筆者もタエ子と同じく東京生まれ東京育ち。
田舎暮らしや方言に憧れを頂く気持ちはよく分かった。
ポツンと一軒家などで良い面だけを見て「良いなあ田舎は」と呟く筆者はタエ子と全く同じだろう。
今、41歳でこの映画を見て何度か涙ぐんでしまった。
どういう涙だったのかは説明できない。
だが何か温かい気持ちで泣いていたと思う。
27歳のタエ子も25歳のトシオも、41歳の筆者からすればぴちぴちの若者だ。
41歳で見てようやくこの作品を深く理解する事が出来た。
そしておもひでぽろぽろを見て、自分自身のおもひでもぽろぽろ出てきた。
ジブリパークも出来た事だし、昔のジブリ作品を子供と一緒に見てみようかなと思う今日この頃だった。
おしまい。
子供に言う体(てい)で俺に言ってるよねそれ
思わず「分かる!」と言いたくなるツイートが有った。
⚠️スーパー愚痴タイムです⚠️
— ちとせ もえ (@chitose_mam) 2022年10月24日
娘に言ってる体だけど、それ遠回しに私に早くしろって言ってるよね…??#ちとせの日記 #育児漫画 pic.twitter.com/eZMvGk1oHI
我が家は原則「育児は夫、家事は妻」
次男の妊娠中、妻が半年寝たきりになった。
長男1人をワンオペで踏ん張った筆者はその時に覚醒、スーパーサイヤ人ならぬスーパー父ちゃんになった。(超しんどかった、あの時の苦労はもう経験したくない。)
次男を出産後、妻が回復して育児休暇も終わった後からは育児は夫、家事は妻になった。
綺麗に割り切れない物は発見する度に「これはどっちがやる」とその都度決めている。
(なあなあにすると揉め事の種になった。)
分かりやすい変則的なものは「次の日の晩御飯」は筆者がやる代わりに
妻は「保育園の送迎」を担当している。
晩御飯を食べ終え、子供たちと風呂に入ったら寝かしつけの時間(20時30分)までにガーっと料理する。終わらなかったら寝かしつけてから続きをやる。
ただ献立がパッと決まらない時も有るし、
何となく疲れてぼーっとしてしまう事も有る。
そんな時に妻は言う。
洗い物をしながらリビングでくつろぐ子供たちに言う。
「ほら~そろそろお風呂入りなよ~」と。
それ、(絶対)俺に言ってるよね?
子供はまだ5歳と3歳。
1人ではお風呂に入れない。(仮に出来たとしても危険だ。)
ちなみに位置関係では妻→筆者→子供たちという図式で妻は子供に「入浴セヨ、至急入浴サレタシ」と伝令してくる。
何で直接言わないんだろうこの人は。
誤解しないで頂きたいが妻は良いやつだ。筆者なんかよりめちゃくちゃ優しい。
それに嫌みっぽい性格ではない。
だから上で紹介したツイート主さんの旦那も筆者の妻も、
何か深い意味があって(パートナーを通り越して)子供に言っているわけでないという可能性有る。
パートナーに直接言うより子供に言った方が「自分がパートナーを指示した感が薄まる」からかもしれない。
いずれにしろ筆者はそういう時に「何で直接言わないのよ」とすぐさま言えない性格だ。
だから悶々としてしまう。その場で問い正すとバトルに発展する可能性が…とか考えるとぐっと堪えてしまう。
気になっていて自分で動くつもりがないのならせめて
「そろそろ(子どもを)お風呂に入れてくれない?」と直接言って欲しい今日この頃だった。
ちなみに寝かしつけもそうだ。
寝る時間が過ぎている事に筆者が気が付かないでいると「就寝セヨ、至急床ニ入ラレタシ」と伝令が来る。
自分でやらないなら「もう時間過ぎてるけどまだ寝ないの?」と直接筆者に言って欲しいものだ。
おしまい。
余談
気になるツイートと言えばこんなのも有った。
「子供の言うことを何でも聞いているとわがままになる」という説は、児童心理学の研究で否定されました。真実は逆。「抱っこ」と言ったら「歩けるでしょ」と言わずに抱っこして「読んで」と言ったら読んであげる。自分の言うことを聞いてもらえている子は、親の言うことにも聞く耳を持つようになります
— 親野智可等 (@oyanochikara) 2022年10月24日
確かに一理ある。
親が子供の言い分を丸っきりきかない場合、親には従順でも他人に優しい子に育たない可能性が有りそうだ。
そもそも抱っこしてには「疲れた、もう歩きたくない」という意味の他に単純なスキンシップ(愛情メーターが補給を求めている状態)な場合が多々有る。
だから例え1分でも抱っこしてあげて「パパも疲れたから歩こうね」とした方が「うるせー歩け」より遥かに事がスムーズに運ぶ。
(2,3回これを繰り返したら「うるせー歩け」を出しても良いだろう。言い方は優しく。)
オモチャ屋で欲しいと言われるたびに買ってあげる行為は完全に甘やかしだがそれとは根本的に違うと思う。
MedievalDynastyの紹介
MedievalDynasty(メディーバルダイナスティ)というゲームの魅力について書く。
面白いゲーム探しや購入を検討している方向けの内容です。
攻略サイトではありません。
直訳するとMedieval(中世)Dynasty(王朝)。
2年前に買って、ちょっとやっては放置してを繰り返し一応メインストーリーをクリアした。
率直に言ってとても面白かった。買って損はないと思う。
海外製だが日本語対応され、つい最近のアップデートで機械翻訳も無くなりバグも解消され快適になった。
どんなゲーム
詳しくは後で書くとしてとりあえず「田舎暮らし&村づくりゲー」だ。
リアルな中世のどうぶつの森・・・と言った感じになる。
自分で開拓した土地に勧誘した人を住まわせ発展させていく。
おまけ程度にストーリーは有るが別にストーリーを進めなくても良い。
進めると出来る事や建築出来る物が増えるので、現状の暮らしに不満が出来たらストーリーを進める感じだった。
王朝という壮大なネーミングとは裏腹に招待出来る村人は100人にも満たない。
でも1人1人名前が有って、得手不得手が有って、結婚もするし出産もする。人生が有る。
発売前の触れ込みでは王にだってなれる!みたいな広告だったがいざやってみると建物を建築出来るのは世界に自分1人だけ。
なので住人全員の家や店を自分1人でトンテンカンカンしなければいけない。
(筆者は王様からの使者を完全に無視して村づくりに没頭してしまったのでもしかしたら王様と仲良くすると王朝が出来るのかもしれない。)
後半、大工という職業を作りそこに人を割り当てる事が出来る。しかしあくまで修理保全役。メンテナンスのみで建築は自分1人で行う事になる。
面白い点を順に紹介したい。
好きな場所に建築出来る。
オープンワールドなので何処に自分の村を作っても良い。
広大で肥沃な土地なので「ここに家作ったら最高じゃん」という場所がいくつも見つかる。
家だけではない、家畜小屋、畑、果樹園、酒場、色々有る。
岩の上や急な斜面などには作れないが、「何処で開拓しようかな」と下見するだけでも楽しい。
クリーム色のリボンが有るのは既に有る村なので、その村から500メールくらい離れている場所なら何処でも自分の村を作れる。
下見が終わったら開拓開始。
(画像はwikiから拝借、たぶんこれは資源倉庫。)
下見している間も喉は乾くし腹も減る。
食料は狩猟や罠で何とかなるが水はどうにもならないので川や湖の近くが無難だ。
「山小屋で暮らすとしたらどんな所が良いかなぁ。」と想像し、
理想の場所を見つけて家を建てる。
主人公は超一流の建築技術を持っているようで、トンカチと材料さえ有れば家でも小屋でも1人で作れる。
大きさにもよるが材料が揃ってるなら5分くらいで完成する。
ちなみにそのトンカチも自分で手に入れる必要が有るので最初に必要なのは斧だ。
斧を手に入れれば木を伐採して丸太が手に入る。それでトンカチを作る。
木が生えていたら家を建てらないので、家の材料を確保するがてら木を伐採して建物のスペースを確保していく。
村づくり開始
理想の家を建てた後は村づくりだ。
別に村づくりは必須ではない、人付き合いが面倒なら1人または自分の家族だけで生きていっても良い。
でも村づくりがメインのゲームなのでせっかくだから村を作る事をおススメする。
(補足すると家作りも必須ではない、毎日野宿も可能、というか家が出来るまでずっと野宿。)
作る村は自分の家の近くでなくても良い。流行のソーシャルディスタンスは保てる。
筆者は利便性を考えて密集タイプにしたが「村」は別に散村タイプでも良いのだ。
自分自身は丘のてっぺんに暮らして眼下に村を作る事も出来る。
自分自身は村に暮らさなくても良い。とても自由。
最初は「村を作るぞ」という意識は無く、家や店や事業を作って、それが密集したら村になっている。それぞれがマップに散らばっても良い。(めちゃくちゃ効率は落ちるけど。)
筆者は最終的に家畜エリア、畑エリア、果樹園エリア、商店街、工業エリアと決めて都市開発したがあまりに整然とさせ過ぎて少し後悔した。ちょっとぐらいごっちゃ煮になってる方が生活感が出る。
水の近くを開拓
井戸を作れるようになるまでは水の近くに住まないと不便で仕方がない。
なので筆者は赤丸の湖周辺を開拓した。
海外ユーザーが載せている画像で、おそらく同じ土地と思われるものが有ったので拝借する。
飲料水&魚も住んでいて最低限のライフラインが確保できる良い土地だった。
離れた所でも事業は行える
鉱山経営を始める際、スタッフは鉱山の近くに住まわせたいので家を3件建てた。
そうなると必然的に密集した村から離れた土地に建設する事になる。
(海外ユーザーにやはり同じような人が居たので画像を拝借した。中央左にあるのが鉱山入口)
鉱山は山、漁師は川や湖と、これら2つは決まっている。
だが村に倉庫を作るとスタッフはそこまで徒歩で道具を取りに行き、得た物はやはり倉庫しまってくれる。
だから鉱山が村から離れた所に有っても不便は感じない。
倉庫はとても便利だ。
お店を作ったら売る物をそこに入れると収益金がその倉庫に入る。(その収益金で種や苗木、家畜を購入する。)
倉庫は複数作ると中身はクラウドで繋がってくれる。何処に何をしまったか忘れても問題ない。
村人たちが生活を始める
有る程度、村が軌道にのると自動経営できるようになる。
家畜を飼えば糞が肥料になり、その肥料を使って食料を自給自足できる。
(家畜→糞→肥料→種まき→収穫→料理/家畜のエサというサイクルが出来る。家畜からは卵、ミルク、羊毛などが取れる)
猟師や漁師が肉/魚を獲得、
工房スタッフがお皿を作る、
料理人が居て、それを売る売店スタッフが居る。
鉱山の資源や薬草、キノコも加工したりそのまま売ったりできる。
お皿を作るには木材が必要なので木こりも必要だ。
まず家を用意し、食料、水、燃料を与え、スキル適正を聞いて職業を割り当てる。
すると自営を始め、1日の始まりと終わりに(これまた自分で作った椅子やテーブル、焚火の前で)くつろぐ姿が見れるようになる。
井戸端会議などもあり、階段の上と下で会話する人達も居たり、正に生活が生まれるのだ。
ちなみに賃金は必要ない。
ライフラインさえ支給してあげれば(それも結局住民同士で解決出来るようになる。)
無料で労働力を手に入れられ、適正な職業であれば文句も言わず黙々と働いてくれる。
面倒と感じるか楽しめるかは向き不向き
王朝を作るなんて壮大なタイトルの割に、やることは恐ろしく地味だ。
中世の田舎暮らしを体験するゲームと言って問題ない。
最初は自分と村人の食料、水、燃料(木材)を確保するのに精一杯だから軌道に乗るまで根気が要る。
序盤はサバイバルに必死だが余裕が出てくると事業が始められる。
獣や魚を狩猟するのが主な生活だが、備蓄が溜まったり人に任せたりしてからが本番だ。
畑はすぐに収穫出来ないが大量に食料を確保できる。
鳥獣被害はプログラムされてないので安心して拡げて良い。(稀にランダムイベントで発生するくらい。)
だが拡げるのは簡単だがその後に鍬(くわ)、肥料、肥料を入れる袋、種を手に入れなければいけない。
地味な作業を楽しめる人でないと向いていないだろう。
何しろリアル中世どうぶつの森だ。
でも少しずつ少しずつ村を発展させていく事の楽しいこと!
季節ごとに収穫できる物、栽培できる物が違う。
美しい風景を堪能しつつ自然の厳しさと税金に苦しみつつ、
住人と事業が増えていく喜びはとても充実感が有る。
ちなみに道も自分で作る事が出来る。
案内板は建てられないが作った道はきちんとMapに反映されるのが素敵だ。自分の村から隣の村へオリジナルの道を通すのも楽しい作業。
最後に不満なところ
ここまで読んで購入を検討している方に一応知って頂きたい事が有る。
箇条書きにします。
1,家は全て平屋、2階建ては無い。
2,間取りもワンルーム固定。大・中・小の3種類のみ。
3,家にテーブルや椅子が置けない。屋外のみ。
4,後半のメインストーリーが重すぎる。
5,性別が固定されている。主人公も1人目の子供も男固定。
6,同じ性別の住人は同居出来ない。(海外ゲームでは珍しい。)
7,家畜や農家スタッフが糞尿を集めてくれない(筆者だけ?)
8,畑は一部分だけの削除が出来ない。一括エリア選択のみ。
9,住民が全員無表情。感情の起伏が見られない。
こんな所だろうか。
建築出来るのが世界で主人公1人なのは賛否両論だろう。勝手に作ってくれと考える人も居るし全部自分でやりたいという人も居る。選択できると良いのになぁ。
ちょくちょくアップデートされているので改良される可能性は有るがこれでも発売当初からすると劇的に良くなった(特に日本語化)。
特に馬が導入されたのは良かった、馬めっちゃ早い。
次回作が出たら絶対に買うくらいハマった。
次は海の近くとか、舞台を変えて日本やアフリカなどでやってみたい。
是非、素敵な中世のスローライフをお楽しみください。
おしまい。
七五三とそのお祝い金の話
先日、長男の七五三で日枝神社へ行った。
日枝神社は赤坂に有る。
赤坂サカスからほど近い。
東京で生まれ育って41年。
しかし日枝神社も赤坂サカスも行った事が無かったので車で行く事にした。
日枝神社には参拝者専用の駐車場が有ると同行カメラマンさんが教えてくれた。
七五三の本場?らしく当日は平日にも関わらず七五三で来ている家族がちらほら居た。
カメラマンさん曰くシーズンの11月になると駐車場は列を成し人でごった返すらしい。
「紅葉も加わってとても綺麗なんですが、どうしてもお写真に他の人が写ってしまうんですよ。だから他の月でも良いならそちらをおススメしています。」との事だった。
次の週に撮るスタジオでの撮影料金もシーズン中とシーズン以外では〇万円違うので、長男は10月生まれだし10月で良いんじゃないかと夫婦で話し合った。
両家の親も異論無かったので良かった。(仏滅じゃなきゃいつでも良いと言われた。)
そのおかげで自分達家族だけが写っている写真をたくさん撮る事が出来た。
フォトスポットが4か所くらいあり、このような鳥居がたくさん並ぶ神秘的な場所は外国人も好きなようで熱心に撮影していた。
日枝神社と言えば巨大な鳥居
参拝した事が無かった筆者でもこの大きい鳥居は前を通る度に「でっかいな~」と感じていた。
何しろ都会のど真ん中である。
(筆者の住む江戸川区とはエライ違いだ)
ビルに囲まれた神社は、何というか洗練されている。
ちなみに七五三の受付もネットで事前予約しQRコードで行う。
色んな意見が有るだろうかコロナ禍にあって接触機会を減らせるし筆者は良いと思っている。
(余談:お賽銭も小銭の両替手数料で苦しんでいるようなので賽銭用のコインを電子決済で買う、というスタイルにすれば泥棒対策にもなるので早く導入した方が良いと思っている。導入費用が高いだろうけど。)
この鳥居もやはり人気で写真を撮る人がちらほら居た。
この鳥居を抜けて筆者たちは近くのダイニングキッチン(春秋というお店)でご飯を食べて解散した。
余談だが日枝神社で七五三のお祝いをするとオモチャを貰える。
長男はバスを選んでいた。(その後次男に奪われていた。みんなでご飯中、これで遊んでくれていたので助かった。)
更に余談、狛犬ではなく神猿。
猿が神聖な存在であるらしく仁王様の位置もお猿さん、お守りも絵馬もお猿さんだった。
かかった費用
高速料金やガソリン代を見積もっても仕方ないのでそちらは省く。
衣装代 15,000円
参拝費用 10,000円
出張カメラマン 11,000円
スタジオ撮影費 65,000円
お食事 30,000円
-------------------------------------
合計 131,000円
スタジオでの撮影は次週に控えている。
こちらは我々大人や次男の衣装や撮影費が入っているのでお高い。
(これでも平日料金だ、週末はもっと高い。どひゃー。)
〆て13万円ちょっとだった。
カメラマンさんは本業は別の広告屋さんで、副業というポジションらしく2時間くらいで1万円ちょいと破格だった。人柄も良くて次もリピートしたい。
お祝い金の取り扱い
今回かかった費用は両家からお祝いとして頂いた金額でほぼ相殺されるものだった。
ただ、これは親の我々が負担すべきものだと考えたので、頂いたお祝い金の使い道について夫婦で話し合った。
お年玉や入学祝など、親や親戚から頂いた時のお金は皆さんどうしているでしょうか。
筆者も妻も、最初は何も考えずそれぞれ当人の口座に入金し、進学費用の足しや将来の結婚など人生プランの備えとして渡すつもりでいた。
自分達の親がそうしてくれていたからだ。
ただ昨今、信じられないくらいの円安や物価上昇が続き1円の価値はどんどん下がっている。
このまま続くのかどうかは分からない。ただ「そっくりそのまま手を付けず預金」というのは貨幣価値の下落をそのまま受け入れる形になる。
なので筆者は「運用して増やさないか?」と妻に言った。
すると「あ~…うーん…」という反応だった。
無理もない。
親から頂いたもので金儲けするのは何となく生理的に罪悪感が有るだろう。
それが普通というかまともな教育を受けて育った人の感覚だ。
(超ノリノリになられたら逆に引く。)
ただ、別に筆者は子供のお祝い金を元手に私腹を肥やしたい訳ではない。
貨幣価値の下落を補えるくらい、親がくれた金額と同価値の物を将来渡してやりたいだけだ。
お祝い金を増やして渡す、というのは聞こえは良いが減ってしまう可能性も有る。
運用する事は是か非か。
それぞれの家庭で見解は異なるだろう。絶対的な正解など無い。
なのでいくつか選択肢を挙げた。
1,定期預金
2,保険運用
3,積み立てNISA
4,AI資産運用
<定期預金>
すぐに解約出来ない、というデメリットが有るがリスクは0だ。
頑として運用するのが嫌ならせめて定期預金するのが最も無難だろう。
筆者自身の親は(当時金利も今と全然違い良かったので)定期預金で増やしてくれていた。
但し今の金利は酷い、100万円を10年預けても税金がかかって25,000円にも届かない。
<保険運用>
既に月1万円の生命保険運用をしている。
以前保険の話を書いた時にも触れたが子供自身を生命保険に入れてその1万円を運用するというやり方だ。
元々学資保険を保険屋に相談した時に提案され、将来的に運用期間が長い生命保険の方が子供に渡せる金額が増えるのでこの形にした。
子供の命をお金儲けに使うなんて・・・と最初思ったが使い道は100%子供の為なので胸を張って堂々と運用している。
運用自体はプロが行うが減るリスクは当然有る。更に一定期間以上は運用をしないと100%損をするようになっている。
だが筆者自身も妻も家族の為に入っている。生存していた場合でもお金が増えている可能性が高いからだ。
<積み立てNISA>
NISAではなく積み立てにしたのは例えば月1万円ずつ購入する方がリスクが分散できるからだ。
代わりに恩恵も減る、買い時もそうでない時も買うので大儲けしたい人がやるものではない。積み立ては比較的リスクの低い運用だ。
当然減るリスクは有るが筆者自身も毎月積み立てして運用している。
積み立て終わったら寝かせて、もうここで充分という所で売り払えば良い。
上限は有るが税金もかからない。
<AI資産運用>
リスク許容度が設定できるとは言え、やはり減る可能性が有る。
こちらも筆者自身がやっている。
筆者が設定しているリスク許容度は4。(MAXは5)
元金が違うので比較しても仕方ないが8月ごろ+92万円だった運用益が2週間前まで+36万円まで減った。今は+60万円まで持ち直している。(AIなので筆者自身はぼーっと見てるだけだ。)
それくらい今は株も為替も不安定だ。
あと20年以上は手を付けず運用し続けるし投資し続けるので今多少増えたり減ったりして一喜一憂しても意味はない。
税金は差っ引かれた状態で引き出せるので面倒な手続きは要らない。
妻は性格上、定期預金を選ぶかもしれない。
妻はお金というか資産運用に疎く、筆者が資産運用で増やしたお金の一部をお小遣いだと渡しても自分ではやろうとしなかった。
ただお祝い金を運用する事自体には反対しなかった。
物価上昇で貨幣価値の下落というのは毎日のニュースで体感しているからかもしれない。
今回は夫婦で話し合い決定権を妻にするようにした。
最終的に「あなたに任せる」と言われるかもしれないがどんな形になるにせよ普通預金にそのまま入れて「スーパーフツウ」という何がスーパーなのか分からない10円くらいの利息を受け取り続ける10年よりはマシだろう。
さいごに
長男は産まれた次の日に「呼吸に不安が有る」と言われNICUへ直送。
2週間後にGCUへ行き1か月近く監視体制に有った。
結局何もなく退院したが当時の不安な気持ちは今でもよく覚えている。
そんな長男が七五三…というのは喜びもひとしおだ。(ちなみに次男も次男で妊娠4ヶ月で切迫早産になり大変だった。)
自分自身の幸せより子供の幸せを願うのは親の喜びの1つだ。
元気に育ってくれて感謝している。
おしまい。
以前書いた保険やお金の話はこちらです。